EMDRとは
心理療法(EMDR)とは?
①トラウマに対する今までになかった新しい心理療法でありトラウマ以外にも広く適用されていること
②治療に時間がかからないこと
③際立つ効果があること
④安全で負担が少ないことなどがあげられます。
また、これまでの心理療法は言葉を使った洞察が中心でしたが、この療法は脳の神経系に働きかけるという、今までになかった新しい方法を用います。
つらい記憶を処理する際に、右脳と左脳に交互にリズミカルな刺激を加えるのが特徴で、視覚や聴覚、触覚などさまざまな互換刺激を使用します。
どのような症状や悩みに効果がありますか?
PTSDや外傷体験(トラウマ)に対しての効果が実証されていますが、それだけではありません。
強い感情ー不安や悲しみ、恐怖や抑うつ、怒りなどーのコントロール、否定的な考え方の解消、
スポーツやビジネスでの能力発揮などにも効果があります。
治療方法は?
はじめに患者様の主訴、症状、成育歴などをお聞きし、相談しながら治療計画を立てていきます。
ターゲット(解決したい過去のトラウマ記憶)が定まると、古い順にひとつずつ処理をおこないます。
その記憶の映像やそれにまつわる否定的な感情や自己認知、身体感覚などを想起しながら、左右の刺激を加えます。
すると、それまで瞬間冷凍されていたような当時の体験が、あたかも自然解凍されたように患者様自身の力で処理をすることが可能になり、それまで見られた症状やつらさ・恐怖・怒り・自責の念が解消され、それと並行して感情のコントロールが可能になり、肯定的なものの見方が自然に受け入れられるようになります。
精神症状の意味することとカウンセリングの役割について
生物は危機に曝される事態に遭遇すると、生存のために組み込まれた①2億年前からの交感神経や②の5億年前の背側迷走神経・シャットダウンへと神経システムを退行させます。人でいえば精神症状としていい表れされます。つまり精神症状の全ては、自分の力ではどうすることもできない取り巻く悲惨な環境、突然の困難な出来事、生命の危機に瀕する、またそれに準ずる事態に、生存のため自らを護っていることに他なりません。生活の困難より生存を優先させたその結果として症状が発現します。
【ひどい環境やインパクトからの回復プロセス】
ひどい環境(自力脱出できない苦痛な状態:虐待、いじめ、ハラスメントなど)やインパクト(意図しない突然の困難な出来事:災害、事故、事件、性暴力など)に曝される
↓ 〔防御段階:神経システムの退行〕
①交感神経(生存のための防御‐2億年前爬虫類、両生類):闘争するか逃走する
↓ の反応が妨げられたとき
②背側迷走神経(生存への反応‐5億前年生物):凍りつくか逃避する・シャットダウン
↓ 〔回復段階:社会的絆へのアプローチ〕
③腹側迷走神経、成長(立ち止まり考え、立ち止まり学ぶ):他者からの支えで活性化
↓
④腹側迷走神経、発展(学びを実践、形にして味わう‐1億年前哺乳類):他者と共に
↓ (Porges.1995)
回復に向け視野と思考が広がり、ソーシャルエンゲージメント(社会的絆)へ帰還
心身の防御システムとして、身体に免疫力、心に神経退行(進化過程で引き継がれた原始的な神経系へさかのぼる)があります。上記①②神経系とも生存を脅かす危機に対抗するものです。免疫力は外敵を排除すれば役割を終え戦いは終息に向かいます。一方、神経退行は環境がかかわっていて自分の力だけでは状況を変えることもできず終息へ進めません。神経退行は2段階に分け免疫力同様反射的に防御反応が起き、回復は他者に支えられながら2段階のプロスセスを経て完了します。
環境がその人に沿った安心、安全を感じられるものならソーシャルエンゲージメント(社会的絆)のなか腹側迷走神経(リラックスし穏やかで包まれ繋がっている感覚:1億年前出現した哺乳類に備わった③番目のシステム)が優位でいられます。平穏な生活や望ましい育ちのなか自然なかたちで感じられるものです。この腹側迷走神経の活性化は回復過程になくてはならない必須の条件です。反射的防御反応として、
①に関連する症状:急性ストレス障害、PTSD、統合失調症、双極性障害、不安障害、恐怖症、依存症、強迫性障害、パニック障害、適応障害など
②に関連する症状:うつ病、双極性障害、離人症、解離性障害、慢性疼痛など
実際は、これらの症状が併存し①②の防御神経を両方使っている場合もあります。また状況に応じて流動的に方略を変更し症状が変わることもあります。これらの事態から抜け出し回復段階へ進むには、ひたすら突き進む防御段階で、一旦立ち止まり、周囲を見渡し、置かれた状況を客観的に観察し、落ち着いた環境の中で考えなくてはなりません。そこで初めて一つの体験として冷静に捉えることができ、学びを得ることができます。それには保護され安全、安心の中にいる必要があります。生命を脅かすひどい環境やインパクトから身を守っているのですから、安心、安全を感じる環境になくては、そうそう鎧(防御反応・精神症状)を脱ぐなど危険なことはできません。
安心、安全が保障され、鎧を脱ぎ、体験をあるがまま実感することができ初めて、次に進むことができるのです。このプロセスが「成長」です。現在の状況から、さらに過去の体験を客観的に見つめ考え、学びを得て、そして「発展」へと進んで行きます。学びを基に実践し、そして成果を実感する作業です。つまり学んだことを実践し見える形にして具体的な成果を確認することで回復を揺るぎないものとすることができます。そして、ソーシャル・エンゲージメント(社会的絆)への帰還を実感することになります。
このプロセスを進める防御段階から回復段階へ至るための安全が保障され安心へと導くものとは何でしょう。残念ながら薬では一時的な和らぎで、立ち止まり考え、立ち止まり学ぶ、ことなどできません。また自力のみで立ち止まっていては生存を護ることもできません。何らかの助けが必要です。癒しの力も一つです。癒しである程度状態の安定化をさせることはできます。薬もその助けになります。しかし肝心なのは「立ち止まり考え、学ぶ、ことにあり、その先の実践、形にして」なのですから、一旦、立ち止まり考えを促し、学びを補助し、実践の足がかりを与え、並走しながら形になったものを味わい感銘を共にする存在が必要です。それがサポート役でありながら心理療法・“心のダンス”を共演するパートナーである心理カウンセラー、サイコセラピストです。
心理療法の目標は、状態を変化(安定化)させるだけでなく、将来、例え同じような状況に遭遇しても再発を防ぐため特性を変化させることにあります。安定化の投薬や癒しのみでは回復への入り口である考える機会は得られず特性を変化させる学びもなく回復への道は遠のきます。あるべき治療の姿は、薬物療法が、安定化を補助し、心理療法への意欲を呼び覚まし、心理療法が、服薬遵守(定められた薬を飲む)を促し、防御から回復段階への進展を支え、特性変化と鎧を脱ぐ手助けをする、現に臨床精神医学では『薬物療法と心理療法の併用が最も治療効果がある』としています。
癒しとともに成長、発展を目指す心理療法は幸福になるための資質を“心のノック”で呼び覚まし、おだやかな感覚と自己信頼へと導いていきます。試練は自己探求のチャンスであり、クライアントは苦難を乗り越えてきたサバイバーであること、「発展」をもたらす苦痛は人生における一番の友であることに気づき、「今ここ」に腰を下ろし、成し遂げてきたことへの“誇り”を抱くことでしょう。 壮絶な戦いは終わったのです。
愛着の課題について
治療に携わるセラピストとして感銘させられる場面は、長年苦しめられ支配されてきた恐ろしいトラウマ(虐待や子どもにとって不快な養育)、辛い現実から逃れるために依存という手段を使い続けてきた歴史、また解離(それが起こらなかったもの、として記憶の空白を創造する)という最終手段を駆使して自分を守ってきたことを周囲から理解も得られず孤独に苦しんできた、これらの育ちの環境から発症した悲劇的な出来事から、不死鳥のように舞い上がる、その瞬間です。人の崇高なすさまじい回復力がEMDRによって呼び覚まされ、神経ネットワークを新たに書き換える様子を目の当たりに、厳かな生まれ直し、命の誕生に携わっているかのような感覚が沸き上がってきます。
赤ちゃん、子どもは生まれる環境や親を選ぶこと、また自らに課された定めの環境を変えることもできません。リスクが高く、多くの支援を必要とするクライエントたちには、幼少時(乳幼児期から思春期)から、未解決で否定的な体験をしているという共通のパターンがあります。否定的な体験には、ネグレクト、置き去り、虐待、そして、その他のタイプの喪失体験やトラウマ体験が含まれています。こうした否定的な体験は、成長過程の脳と成熟した脳、また辺縁系と皮質の両方の組織に影響し、それらの組織は、後に知覚、情動、そして行動のプロセスに、結果として、発達のプロセスに影響を及ぼします。
この発達上の傷は、未成熟、不安が強い、もしくは臆病な反抗的な防衛的なクライエントの心の奥底に横たわっています。精神機能が一見高く見える協力的で自己言及的で裕福な家庭で育った人々にも数多く見受けられ、複雑で慢性的な徴候は、この発達上の傷を反映しています。安心、安全の基盤であるはずの愛着の形成に欠かせない情動的調律(子どもと重要な他者、母や養育者との見つめ合いによる“心の交流”)は、人の内的な状態が他の人の内的な状態と瞬間的に重なり合い、それぞれがお互いに相手を感じていることが“分かる”ことで成立します。調律が生じると関わり合っている双方の脳が“同時に調整”配線を接続し自己調整することが可能になります。そして赤ちゃん、子どもが“分かっている・感じている”ことで安定した愛着を形成することができます。
情動調律が欠けると、配線を持たない愛着は妥協の産物となりばらばらになり脳の皮質の構造は最善の状態で発達できなくなります。虐待的な環境に晒されている子どもたちの神経回路は、社会性から外れ、それに応じた行動化をしやすくなります。情動統制(感情のコントロール)と健康的な自己意識(自分とは?)のための“右脳の鋳型”が発達の機会を奪われたら、後に精神病理が生じます。虐待やトラウマによって調律が欠如すると、偏桃体(感情)と海馬(記憶)の機能が危機に晒されます。しかし、脳には可塑性があり、非常に柔軟性に富んでいます。環境さえ整えられれば機能的な再構築を行うことができます。
眼窩前頭皮質(社会関係、情動統制、自己知識の統合)は、生涯を通じて柔軟であり続け、子ども時代を過ぎても発達可能な状態にあります。心理療法は強力な文脈を産出し、セラピストとのセッションにおいて、クライエントのこころの中に生じる調和・調律の反復発生的な体験が、健康な心理的発達を促進する愛着の経験を生じさせます。養育的で安全な関係を創り上げ発達に焦点を当てたセラピーは、発達に遅れのある人に対して、さらに、発達した対象関係を育成することになります。重要なのは、何が起こるのかではなく、どう対処するかです。
このように心理療法は“発達上の取り戻し”に整えられた環境を提供します。ここに神経生理学的な修復と成長の可能性が存在し、これらの調律された体験は、情動調整を媒介する右脳組織へと入って行きます。そして感情の動物の一種である人の社会生活に有用な“右脳の鋳型”が完成されます。ソーシャル・エンゲージメント(社会的絆)とともに、包まれ、つながっている感覚、安心、安全の中、精神病理は終焉を迎えます。
セッションにおいて、クライエントの置かれた育ちの環境や悲劇的な出来事から、人の崇高なすさまじい回復力による、厳かな“生まれ直し”“命の誕生”に携わっているかのような感銘を覚えます。誕生の瞬間から、すでに享受されていた勇気を振り絞り、戦いに挑み、“勝利”を自らのものとする。そして、サバイバーとしての“誇り”が、成長と発展を成し遂げ、他者に寄り添い、教え、救済の道へと歩むかも知れません。これらは全て、人に備わった人への愛着の希求が成せる技なのでしょう。
回復のここに至るまで、精神症状という苦痛を一番の友として生存の道を選び、孤独の中で苦行に挑んできたのです。これを勇者といわずして誰を勇者といえましょう。私は臨床の場で彼ら行者から、言葉でいい表れされないほどの感銘を受け、荘厳な姿に畏敬の念を抱いてきました。心理療法の神髄に触れる感です。
トラウマ治療EMDRの日本における現状
皆さまの体験で既にご存知のように、日本の精神医療は筆舌にし難いほど悲惨なものです。
世界の常識から驚くほどかけ離れています。2015年、OECD世界経済開発機構(人々の健康を向上させ世界の経済発展に寄与する活動理念に基づく団体)から「日本社会の精神健康が深刻な事態にあり世界でも突出している。心理療法を中心とする合理的な対策を講じることが急務である」と勧告されています。現にお隣の韓国でも90分のEMDRが保険適用されています。一方、日本はというと心理療法を治療として認めていない、つまり日本にはあって当然の治療がなされてこなかった、といっても過言ではありません。それがOECDの指摘するところです。皆さまは、長年、治療を求めて色々なところの精神科、心療内科で受診されてきました。しかし、どこを探しても皆さまが期待する治療を受けられないでいる、この現状を臨床現場で目の当たりにしています。探しに探し、やっとの思いで当心療内科にたどり着かれたそのご苦労のほどは想像に難くありません。
厚生労働省の調査でも明らかなように、日本には心理療法を満足に実施している病院、心療内科、精神科はごく稀です。このことは皆さまが一番ご存じではないのでしょうか。世界の常識、それは、薬物療法は心理療法の補助的手段、薬で心の病は治らない、というこの常識がこの国には通じていないのです。日本は勿論世界共通の精神科ハンドブックに薬物療法と心理療法の併用が最も治療効果があるとも詠われています。当方を見つけられ来院され心理療法を受けられている、またこのホームページにヒットされた方々は、まさに幸運としかいいようがありません。ぜひ、その強運を回復への道程を歩まれる礎としください。
心理療法には多くの有効な手法があります。ご自分の症状にマッチするものが用意されています。EMDR療法は守備範囲が広いというのが特徴です。しかし、症状によっては他の療法もいいかもしれません。例えば、軽いうつ症状や悩みを抱えながら自分の力だけでは解決できそうにない、どうも人とのかかわりが苦手だ、何事も完璧でなければならないそれが苦痛だ、などなど、症状の比較的軽い方には他の療法も有効です。EMDRは症状を選びません。それぞれに特化したプロトコルが用意されていて、一定の戦略が提示されています。とはいえ同じような症状であっても内容も病状も千差万別、その人に合った個別の治療方略は完全にオーダーメイドで同じものは二つとしてありません。そこが私たちのやりがいでもあるのです。どうかご自分の症状にマッチする治療法をお選びください。
臨床心理士 EMDR治療者 人道支援員 木村肇